会員病院向け情報
- トップ
- 会員病院向け情報
犬の急性膵炎の治療
2025年5月30日
2025年5月27日配信
《研究の背景と目的》
本稿は、犬の急性膵炎(Acute Pancreatitis)に対して現場でどのように診断・治療を進めるべきかを実際の症例を通して具体的に紹介しています。
近年獣医療は、新しい診断法や治療法が次々と登場し、常に最新情報を取り入れることが求められています。
《症例紹介》
患者は8歳の避妊済みシーズーミックス犬「マーリー」、体重7.1kgです。
【主訴】
○数日前から元気消失と食欲不振
○嘔吐が1日1?2回(前日と昨夜)
○排尿・排便状況は不明(庭で自由に排泄しているため)
○過去に大きな病歴はなし
○食欲を出すために、人の食べ物(チーズや料理の一部)をトッピングする習慣あり
【身体検査所見】
○体格スコア(BCS)7/9(肥満傾向)
○体温・呼吸数は正常範囲内
○心拍数は軽度上昇
○前腹部の圧痛あり
○軟便が直腸に存在
○その他、軽度の歯周病以外に異常なし
《診断アプローチ》
症状が急性腹痛を示唆していたため診断を進めました。
【初期検査】
①CBC(血球計算)
中等度の好中球増多
軽度の赤血球増加(脱水に伴う濃縮が疑われる)
②血液化学検査
軽度の腎前性BUN上昇(脱水が原因と推察)
軽度のALP上昇
③尿検査(フリーキャッチ)
尿比重1.035(良好な濃縮能、腎前性の脱水に合致)
④膵特異的リパーゼ(cPLI)検査
陽性(膵炎の存在を示唆)
⑤腹部超音波検査
膵臓の腫大
実質の低エコー化
周囲間膜の高エコー化(炎症を示唆)
他の腹腔内臓器に大きな異常なし
これらの所見から、急性膵炎と診断されました。
《治療方針》
最新の推奨に基づき、以下の治療を行うことになりました。
①支持療法
中等度の静脈内輸液療法
脱水補正と血行動態の安定化を目的
フェンタニル持続点滴(CRI)
強力な鎮痛剤として使用
マロピタント(Cerenia)
制吐薬として投与し、嘔吐・悪心のコントロールを図る
②栄養管理
かつては膵炎時に絶食が推奨されていましたが、現在では24時間以内の栄養開始が推奨されています。
初期段階では経口摂取を促し、必要であれば後日栄養チューブの設置も検討する方針に。
③新薬の使用
フザプラジブナトリウム(fuzapladib)ブレンダZの使用を検討。
FDAにより条件付き承認された犬用急性膵炎治療薬。
炎症細胞からのサイトカイン放出を抑制する機序。
主な副作用、禁忌、用量などを事前に確認し、適応症例と判断。
《飼い主への説明と同意取得》
マーリーの飼い主(ヘザーさん)は非常に不安な様子だったため、丁寧な説明と書面による情報提供を行いました。
①手渡した資料
犬の膵炎に関する説明資料
フザプラジブに関する薬剤説明資料
②説明したポイント
マーリーの病態(急性膵炎の特徴と予後)
入院治療(輸液・鎮痛・制吐・薬物治療)の必要性
フザプラジブ使用の意義と副作用の可能性
治療費用の概算
ヘザーさんは治療方針に同意し、入院・治療を開始することとなりました。
《臨床的意義》
この症例は、急性膵炎に対して
○迅速な診断アルゴリズム活用
○最新治療法(早期栄養・新薬使用)の導入
○飼い主教育とインフォームドコンセントの徹底
を一貫して行う重要性を示しています。
特にStandards of Careのような臨床支援ツールの存在により、診断や治療の精度が向上し、安心して診療に臨める体制が整えられることが強調されています。
《結論》
本稿は、犬の急性膵炎における最新の診断・治療アプローチを実践的に示したものであり、今後の膵炎診療における質の向上に大きく貢献する内容でした。
特に「絶食を避ける」「フザプラジブを含めた新薬使用の検討」「飼い主との密な情報共有」といったポイントは、臨床現場に即座に取り入れられる有益な知見です。
※『犬の急性膵炎:診断から退院までの治療』
著者: Leonie Carter, DVM
発行年: 2025年
DVMsどうぶつ医療センター横浜トップページ https://yokohama-dvms.com/