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急性下痢の診断と管理=不必要な抗菌薬を避けるための実践的アプローチ=

2025年10月28日

2025年10月28日公開

急性下痢の診断と管理

=不必要な抗菌薬を避けるための実践的アプローチ=

 

背景と目的
下痢は犬や猫の一次診療における最も一般的な主訴のひとつであり、犬の外来症例の約7%を占めると報告されています。

その多くは軽度で自然に改善する一過性疾患であり、過剰な診断や抗菌薬の投与は不要です。

しかし、臨床現場では「重症化の不安」や「飼い主の期待」により、抗菌薬が漫然と使用されることも少なくありません。
本稿(Melanie Werner, Dr.med.vet., DECVIM-CA)は、犬猫の急性消化器疾患に対する診断と治療を整理し、

支持療法を中心とした適切なマネジメントを提案しています。

 

臨床的特徴と初期対応
○軽症例(多くは外来で管理可能)
明るく反応が良く、循環動態が安定し、発熱もなく、血便の有無にかかわらず全身状態が良好な場合は外来治療で十分です。

 

○中等症例(入院が望ましい)
軽度の活動性低下や脱水が見られるものの、補液で改善可能なケース。

 

○重症例(集中治療が必要)
発熱(39.5℃以上)、ショック症状、輸液で改善しない低血圧、重度の抑うつ、持続的な吐き気や血便など。

このように重症度分類を行うことで、治療方針を明確にし、不要な介入を避けることができます。

 

 

治療戦略-支持療法が基本-
1.制吐薬
○マロピタント(セレニア)やオンダンセトロンは、食欲不振や嘔吐を伴う症例に有効です。
○鎮吐により経口投与が可能になり、早期退院に結びつきます。

 

2.鎮痛薬
○犬ではジピロン(欧州で使用可)、アセトアミノフェンなどを用いることがあります(猫には禁忌)。
○ガバペンチンやトラマドールも補助的に使用可能ですが、鎮静や苦味による投与困難に注意が必要です。
○入院例ではブプレノルフィンなどオピオイドが有効です。

 

3.抗下痢薬
○粘土系製剤やビスマス製剤の有効性は限定的で、犬猫での十分なエビデンスはありません。
○特に猫へのビスマス投与はサリチル酸中毒のリスクがあるため禁忌。

 

4.抗菌薬の適応
○軽症から中等症の急性下痢では抗菌薬は推奨されません。
○重症例で敗血症リスクがある場合のみ静脈内アンピシリンやアモキシシリン/クラブラン酸などを検討します。
○下痢そのものを「抗菌薬で治す」考え方は避けるべきです。

 

5.補液療法
○脱水や電解質異常を補正することが最優先です。
○電解質を含む等張輸液を個別に調整して投与します。

 

 

追加の診断・治療オプション
○食事療法
消化の良い食餌(GI処方食)、高繊維食、加水分解タンパク食などを症例ごとに選択。
飼い主が自宅調理を希望する場合は消化性を考慮したレシピを指導します。

 

○プロバイオティクスと繊維補給
メタ解析では決定的な有効性は示されていませんが、一部の犬猫では炎症抑制や病原菌競合排除の可能性があり、

補助療法としては有用。

 

○便検査
ルーチンでの寄生虫検査は重要ですが、特に成犬・成猫では臨床的意義の乏しい陽性結果が多いため、

症状や既往歴と合わせて解釈することが大切です。

 

○追加検査の目安
下痢が7日以上持続する場合は「亜急性」と判断し、慢性腸症や膵疾患、ホルモン疾患

(副腎皮質機能低下症や甲状腺機能亢進症)などを鑑別に加える必要があります。

 

 

臨床応用-獣医師への示唆-
○下痢の重症度を分類し、治療強度を調整することで「過剰治療」を避ける。

○飼い主には「急性下痢の大半は自然に回復する」ことを説明し、支持療法の重要性を理解してもらう。

○抗菌薬は「重症敗血症リスクがある場合に限る」ことを強調し、耐性菌リスクを低減する。

○7日を超える下痢では追加検査を行い、慢性疾患の見逃しを防ぐ。

 

結論
犬猫の急性下痢はよく見られる疾患ですが、その多くは自然に回復します。抗菌薬を安易に使用するのではなく、

制吐薬・鎮痛薬・補液・適切な食事療法といった支持療法を中心に管理することが推奨されます。

重症例では入院管理と必要に応じた抗菌薬投与が必要ですが、軽症・中等症では抗菌薬は避けるべきです。

重症度評価と段階的なアプローチを実践することで、動物の安全を守りつつ抗菌薬耐性問題への対応にも貢献できます。

 

※『Managing Acute Diarrhea & Other Acute GI Disease』
著者: Melanie Werner, Dr.med.vet., DECVIM-CA
発行年: 2025年
出典: Clinician’s Brief, Fall 2025, Vol 23 No 3, pp.23-27

https://www.qgdigitalpublishing.com/publication/?i=850710&p=8&view=issueViewer

 

 

 

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