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コントロール不良の糖尿病の犬にどう対応するか=潜在疾患の見極めと治療調整=
2025年11月11日
2025年11月11日 配信
コントロール不良の糖尿病の犬にどう対応するか
=潜在疾患の見極めと治療調整=
背景と目的
犬の糖尿病管理においては、インスリン投与と食事管理を基本とします。
しかし十分な治療を行っても血糖コントロールが得られない「コントロール不良糖尿病(poorly regulated DM)」に遭遇することがあります。
こうした症例は単なる「インスリン不足」ではなく、潜在的な基礎疾患や併発疾患によるインスリン抵抗性が背景にあることが多いのです。
今回紹介された症例(Audrey K. Cook, BVM&S, DACVIM, DECVIM-CA, DABVP)は、6歳雌のハウンド犬で、半年間の治療にもかかわらず
持続的な高血糖と臨床症状が改善しないケースでした。本稿は、診断アプローチと治療調整の実際を示しています。
症例概要
○既往:糖尿病診断から6か月。インスリン・レンテ開始。
○経過:投与量を1.6 U/kg BIDまで漸増したが、多尿多飲が続き、平均血糖値は >250 mg/dL。
○身体検査:体重増加、両眼の白内障、顔面の膨化(皮膚の肥厚・眼瞼下垂)。
○検査所見
・CBC:非再生性貧血、ストレス白血球像
・血液化学:高血糖、高トリグリセリド、高コレステロール、ALP上昇
・内分泌検査:低T4、高TSH → 甲状腺機能低下症を示唆
・ACTH刺激試験:境界的に高いコルチゾール
→ 「甲状腺機能低下症に伴うインスリン抵抗性」と診断。
治療アプローチと薬剤評価
著者は症例に対して、各薬剤の適応を「緑=適応」「黄=注意」「赤=禁忌」で整理しています。
○レボチロキシン(緑)
甲状腺機能低下症を補正することでインスリン感受性が改善し、高脂血症や皮膚症状も改善。
投与開始から6週間で血糖値が安定し、インスリン必要量は減少。
○トリロスタン(黄)
糖尿病では副腎皮質機能が過剰反応を示すことがあり、検査結果が曖昧になるケースも。
臨床症状や追加検査でクッシング症候群が確実に診断されない限り投与は避ける。
○脂質低下薬(フェノフィブラート=緑、ジェムフィブロジル=黄、アトルバスタチン=赤)
フェノフィブラートは犬において有効性と安全性が確認されており、一次治療として適応可。
ジェムフィブロジルは効果が限定的で副作用リスクがある。スタチン系は肝障害や横紋筋融解のリスクがあり推奨されない。
○経口血糖降下薬(グリピジド=赤、SGLT2阻害薬=黄)
犬は基本的にインスリン依存性糖尿病であるため、グリピジドは無効。SGLT2阻害薬(例:ベラグリフロジン)は猫では承認されているが、
犬での応用は研究段階であり、今回の症例のようにインスリン抵抗性の原因が明らかな場合は不適切。
○抗菌薬(アモキシシリン=黄、セフォベシン=赤)
無症候性細菌尿は抗菌薬の適応とならない。症候性膀胱炎が疑われる場合のみ短期投与を検討。
セフォベシンは耐性菌リスクが高いため安易な投与は避けるべき。
○インスリン製剤変更(PZIなど)
インスリン抵抗性が基礎疾患に起因している場合、製剤を変えても大きな改善は期待できない。
原因治療が優先
臨床応用のポイント
1.インスリン抵抗性の原因検索
コントロール不良の糖尿病犬では、甲状腺機能低下症、クッシング症候群、感染症、高脂血症などを必ず評価する。
2.潜在疾患を治療すれば改善するケースが多い
本症例でもレボチロキシン導入により血糖が安定し、インスリン量が減少。
3.不適切な薬剤使用を避ける
安易に経口糖尿病薬や強力抗菌薬に頼らず、病態に即した治療を優先する。
4.飼い主教育
「インスリン量を増やすだけでは改善しない」ことを説明し、基礎疾患の評価・治療が必要であることを理解してもらう。
結論
犬の糖尿病がコントロール不良に陥る原因の多くは、適切でないインスリン使用ではなく、潜在的な基礎疾患によるインスリン抵抗性です。
今回の症例では甲状腺機能低下症の治療により状態が劇的に改善しました。
コントロール不良例に遭遇した場合、安易にインスリン量や種類を変更するのではなく、
包括的な内分泌・代謝評価を行うことが最も重要です。
※『Management of Poorly Regulated Diabetes Mellitus in a Dog』
著者: Audrey K. Cook, BVM&S, FRCVS, MSc Vet Ed, DACVIM (SAIM), DECVIM-CA, DABVP (Feline)
発行年: 2025年
出典: Clinician’s Brief, Fall 2025, Vol 23 No 3, pp.55-64
https://www.qgdigitalpublishing.com/publication/?i=850710&p=8&view=issueViewer

