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犬の後天的急性失明における臭覚の役割
2025年10月7日
2025年10月7日配信
犬の後天的急性失明における臭覚の役割
2024年、突発性後天性網膜変性症候群(SARDS)に罹患した犬の嗅覚閾値スコアは、正常視覚の犬やSARDSでない失明犬に比べて、著しく低いことが報告されました。SARDSはおもに中年齢の肥満犬で、ある日突然失明に至る疾患で、その原因は未だよくわかっておりません。今まで見えていた犬が突然視界を失うことは、犬にとっても飼い主にとっても大きな試練です。その試練に打ち勝つ犬の能力が犬の驚異的な嗅覚です。しかしSARDSではその能力が劣るのです。
今回は、犬の後天的急性失明における嗅覚のお話です。
最近、犬の嗅覚に関する認識が大きく様変わりしました。2022年、The Journal of Neuroscience にコーネル大学のフィリッパ・ジョンソン研究チームによって、嗅球と後頭葉を直接結ぶ「嗅後頭路(OOT:olfactory-occipital tract)」と呼ばれる神経経路が犬で発見されました。このOOTの発見は、臭いと空間認識との統合システムが犬の脳で存在することを証明したものです。
犬の嗅覚細胞は、人間のおよそ500万個に対して、約2億5,000万個の嗅覚細胞が存在すると言われ、圧倒的な化学物質の検知能力を誇ります。OOTの発見から、犬の嗅覚は単に匂いの検知に優れていることばかりでなく、OOTを介した大脳皮質視覚野の空間マッピング処理能を活用した、①空間認識とナビゲーション能力、②物体の識別能、③コミュニケーション能力を備わっています。このような犬の脳における嗅覚と視覚の連携は、「外適応(Exaptation)」(進化の過程で既存の器官やシステムが本来の目的とは違う新しい機能を持つこと)を示す犬特有の事例です。
「犬は失明の有無に関わらず嗅覚で目的とするものが探索できる」という記事に遭遇することがあります。果たして、犬は失明しても嗅覚が優れているため日常行動に問題がないのでしょうか。アイ・コンタクトができることを「良し」とする家庭犬では事情は異なります。 当院で遭遇した急性失明犬では、嗅覚の活用学習を通して、視覚があった時期の生活をほぼ取り戻すのに失明後1ヶ月間を要した犬がいました。視覚を主体として行動している犬では、「匂いで見る」犬の世界、いわゆる「匂いの地図」は不完全である可能性があります。
そのため、後天的失明犬と生活する飼い主に対して、適切なアドバイスが必要です。①匂いによる誘導学習、②環境の整備、③嗅覚を使った遊び(ノーズ・ワーク)などのサポートが急性失明犬のQOLを向上させるために不可欠です。しかし冒頭のSARDS症例の場合は、上記に加えて、聴覚や触覚を活用したケアが求められます。
〈文責:DVMs眼科 印牧信行〉
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